フランク ミュラーは、2022年、ブランドを創設して30周年を迎えました。彼は、ポケットウォッチ/懐中時計に搭載するため、18世紀頃に考案された超複雑な機構を小さな腕時計に組み込むという夢のコンセプトを完成させ、現代の天才時計師と讃えられています。以来、世界初の超複雑機構の腕時計ばかりか、数多くの新案特許を発表してきました。彼が、複雑な機構に興味を持ち、徹底して探求していったのは、ブランドを創設する20年近くも前からです。
ブランド創設以前にも、フランク ミュラーは、独立した時計師として数々の名作を発表していました。独立した時計師たちは、彼らだけで構成された組織が存在し、スイス独立時計師アカデミーとか、アカデミー独立時計師協会という名称で、アカデミーと通称で呼ばれることが多くあります。アカデミーが組織として構成されたのは、1985年です。ちょうど、フランク ミュラーが、1986年、世界最大の時計と宝飾の見本市であるバーゼルフェアでセンセーショナルにデビューするのと同じ頃です。ただ、一般には知られていませんが、独立した時計師たちは、スイス伝統の手作業によって複雑時計を製作している、一匹狼的な意志の強いメンバーです。
「誰かがすでに発明していたものを後追いするようなことは、私自身が、したくなかったのです。世界初の、新しい機構だけを手掛けていきたかったのです。当時、高額の時計が、ポケットウォッチ全盛から腕時計に移り変わる過渡期で、どんな新奇なアイディアがあっても、腕時計では、こんな機構の実現は、絶対に不可能と言われることが多かったのです。しかし、無理と言われれば言われるほど、不可能でないこと、絶対に実現できることを、証明したくなってしまいます。だから、世界初の機構にこだわっているのです。ただ、それだけのことです」
フランク ミュラーは、時計を組み立てるだけではなく、設計専業でもなく、両方の側面を持った希少な時計師です。当時、彼の工房は、雄大なモンブランを正面に望み、美しいレマン湖を見下ろす丘陵地である、スイスのジュネーブ市街地からも近いジャントゥという長閑な地区にありました。現在の『フランク ミュラー ウォッチランド』の、ごく近くです。
「決して自惚れているわけではありませんが、私には、時計師としての才能が、生まれながらにして備わっていたのではないでしょうか。時計の技術者になるために、200年もの歴史をもつ時計の専門学校に通い、首席で卒業しましたし、必要な技術も身につけました。恐らくですが、普通の時計師では、どんなに面白いアイディアをもっていたとしても、具体化した時計を製作する段階に到達するのは難しいと思われます。しかし、私は、頭のなかに沸き上がったイメージを、自らの手を使い、実際につくり上げることができます。発想を形にできるのです。まず、このことがひとつです」
「2つ目は、時計の修復師として、人並み以上の経験を積んでいることです。著名な時計ブランドのミュージアムに陳列されているコレクションを、数多く、修復。おかげで、修復の分野でも広く知られ、伝統的な機構については、ほぼ把握していました」
「そして、3つ目は、なんといっても、将来的なビジョンを持っていたことです。その頃、高級時計をコレクションする人たちは、ポケットウォッチだけにしか興味を向けていませんでした。けれども、次の時代は、ポケットウォッチだけではなく、腕時計の時代になっていくと確信していました。コレクターたちは、そう遠くない将来、自由に、思い思いに、自分の好きな、しかも、高額な時計を腕につけて出歩くようになるだろうと予測したのです。実は、そうした先を読む能力も、自分自身にはあると信じていました」
フランク ミュラーが備えている、自由でユニークな発想は、腕時計では絶対に不可能であるといわれていた、世界初にこだわった複雑な機構を幾つも発表していきます。彼の真価は、主にメカニズムの側面から注目されますが、そればかりではありません。トノウ カーベックスという美しいケース、ビザン数字と呼ぶ特別なインデックスなど、アヴァンギャルドとも言える、まったく新しいデザインを創造し、高級腕時計の世界に一石を投じました。
右:7850CCT IMPERIAL TOURBILLON CHRONOGRAPH
左:7502CCDCD CHRONOGRAPH DIAMOND
フランク ミュラーが、独立した時計師として活躍していた時代に発表した作品は、古典的で上品な表情を漂わせ、圧倒的に複雑な機構を搭載し、いまだに作品の鼓動は健在です。彼の功績を語るとき、まず、忘れてはならないのがトゥールビヨンです。トゥールビヨンとは、機械式時計のメカニズムのなかでも、特異な存在で、その最高峰に位置します。地球上の重力によって生じる精度の狂いを、自ら補正する特殊な機構を備えています。フランク ミュラーは、トゥールビヨンを主軸としながら、他の複雑機構を組み合わせたモデルも、超複雑時計として数多く発表しています。トゥールビヨンに組み合わせた複雑機構は、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、そして、クロノグラフなどがありますが、写真右のモデルは、トノウ カーベックス インペリアル トゥールビヨン クロノグラフです。左は、トノウ カーベックス ケースにクロノグラフ機構を搭載したレディース モデルです。
1995年に製作された、IMPERIAL TOURBILLON/インペリアル トゥールビヨンです。その昔、アジアの王侯貴族が懐中時計のトゥールビヨンを製作させたのですが、あまりに複雑でデリケートなメカニズムのため、頻繁に故障を起こしてしまいました。この王侯貴族は、「この時計には悪魔が憑いている」と恐れ、嫌ったという言い伝えがあるそうです。このモデルでは、トゥールビヨンの天符(テンプ)を納めるケージ(籠)を前後6本の剣に模し、つねに回転させることで、内部に侵入しようとする邪悪な者を斬り払い、追い払うことになっています。つまり、トゥールビヨンそのものを、単なる精度を追求するための装置だけに留めず、 “魔除け”や“お守り”といった、東洋思想にもとづく精神的な意味を込めているのです。フランク ミュラーは、この逸話から着想を得たことから、インペリアル トゥールビヨンと名付けました。