残念ながら、山で過ごした週末が終わろうとしている。とうとう、日曜日の午後になってしまったが、実は、日曜日の午後を心地良く過ごすためのプランが残してある。ただ、特別のプランではない。帰りのルートで、ちょっと寄り道をするだけなのだが、思いのほか、効き目がある。
山で過ごす週末は、気心の知れた友人たちと語り合い、食べて、呑んで、木々に囲まれながらユックリと休むことができる。すべてに満たされたこの時間は、何ものにも代えがたく、また、誰か一緒に過ごしたい時間でもある。時々、ある目的のため、愛娘をともなってくることがある。
週末住宅と自宅を往復するルート沿いには、好みの場所が点在する。レストランを併設したワイナリーも、幾つかあり、レベルが高い。このような機会を想定し、娘には、頑張って、マニュアルシフトのライセンスを取得してもらった。私が愛用する、マニュアルシフト車を任せるためだ。
ヨーロッパでレンタカーを借りるとき、まだまだマニュアルシフト車が多いのだと教え、娘には、納得してもらった。身勝手な父親のたくらみなど、ドライビング スクールの教官は知るよしもない。彼女自身、挑戦したおかげで、贔屓のイタリアやスペインの地中海沿岸エリアを走り抜け、海沿いを堪能できたという。彼女のドライブは、男の子のようなメリハリのあるテクニックで、ボーイフレンドたちを驚かせているらしい。
おかげで、戻りのルートで、ワインの飲みくらべができる。感謝多々。
マニュアルシフト車を巧みに操る娘の腕にも、父親と同じヴァンガードがある。伝統的な技術を大切にし、革新を追い求め続けるフランク ミュラー ウォッチランドらしい、美しさが際立つ、先進のモデルである。
ヴァンガードとは、“時の先駆者”を意味している。「人生における時間というものは、道標のない大海原を航海するようなものである。だから、時間を身につけるときこそ、つねに何処にでも行けるという自由な気持ちと、自らの意思を優先して欲しい」という、フランク ミュラーの言葉を実践できるよう、文字盤の外周に沿ってコンパス方位が刻んである。
1人の独立時計師として、特別な愛好家のためだけに、複雑時計などを製作していたフランク ミュラーですが、1992年、ブランドとして事業展開を開始。その後、W.P.H.H./World Presentation of Haute Horlogerieという名称による独自のフェアも、1998年、フランク ミュラー自身の工房であるフランク ミュラー ウォッチランドで開催を始めました。
「1998年は、とても大切な年でした。自分の人生のなかでも、そして、ブランドにとっても、とても記憶に残る年で、ひとつのページを開いたという感慨がありました。ひとつのブランドとして独立し、W.P.H.H.という自ら創設したフェアを主催できることは、とても光栄なことです。これは、ごく一握りの成功したブランドだけにしかできないことです」
フランク ミュラーは、ブランドを創設した後の10年間、ユニークピースと言われる1点ものの複雑時計を中核に据え置きつつ、現在のフランク ミュラーの定番的なコレクションにつながっていく、一般の腕時計愛好家が、普通に手に入れることのできる腕時計も充実させてきました。
「複雑時計の機構には、自分自身で手掛けた“世界初”の機構が多くありますし、とても大切なコレクションです。また、定番コレクションと言われる、私がデザイン ウォッチと呼んでいるコレクションも、重要です。もちろん、現在では、こちらのほうが製作する本数も多いわけです」
フランク ミュラー自身が、デザイン ウォッチと呼ぶコレクションは、ブランドとしての土台を固めるための、意義深いコレクションです。
「私が、デザイン ウォッチと呼んでいるコレクションのなかでも、代表的な存在は、“カサブランカ”になります。それまで、私が製作してきた腕時計は、すべてゴールドのケースを採用していましたが、初めてステンレススティール ケースを採用したのが、この腕時計というわけです」
デザイン ウォッチには、どのようなコンセプトがあるのでしょうか。
「開発にあたっては、基本的な方針が複雑時計とは異なります。“カサブランカ”ももちろんそうですが、デザイン ウォッチ全般のコンセプトとしては、機能こそシンプルですが、カラー コンビネーションやテイスト、あるいは、インデックスなどのデザイン的な面白さ、新しさを追求しています。複雑時計とは異なる要素や側面から、ユニークなアイディアを重視しながら発想していきました。現在、複雑時計からデザイン ウォッチまでさまざまなコレクションがありますが、力の入れ具合、という意味では、どれも同じです。アプローチの方法が、異なるだけです」
“カサブランカ”が誕生したのは、1994年。洒落っ気に溢れていながら、しかも、エレガントな腕時計として、かなり話題になりました。
「ネーミングは、あの有名な映画『カサブランカ』がヒントになっています。映画をご覧になった皆さんなら理解しやすいと思いますが、パリのエレガントな香り、モロッコの砂漠の色合い、登場人物や場面設定によるダンディズムとか、画面いっぱいの洒落た感覚など、映画の雰囲気が腕時計に合致したのです。ステンレススティール ケースであっても、高級感があってエレガントです。文字盤の色も砂漠を想像させる色合いにし、この腕時計の名称としては、これほど相応しいネーミングはありません」
デザイン ウォッチには、やはり代表的な存在として、“ロングアイランド”があります。誕生するときのエピソードも、フランク ミュラーらしく、興味深いものばかりです。次回には、詳しくお伝えしましょう。
現代の天才時計師と讃えられる、フランク ミュラーです。数々の複雑な機構を発想していることはもちろんですが、デザイン ウォッチと呼ばれる、時を魅力的に表現するための感性も備えているのです。時を知り尽くし、時を遊ぶ、“時の哲学”という独自の境地にも到達できたのです。